私の井上先生と空手道との出会い、そして我が家の息子へ・・・・・・。
今も忘れない昭和54年の夏、16歳だった私は井上繕徳先生とお知り合いと成る切っ掛けが有り、徹心館の門を叩くことと成った。当時小柄だった私は若さゆえ唯ひたすら「強く成りたい!!」との思いで週3回の稽古に通ったものだ。二十歳の折、念願の初段を頂き、自己満足から序々に道場から離れて行った。年に何度と無く繕徳先生とお会いする事があり、その度に「稽古に来ないか」とのお誘いにも関わらず怠けてしまい気が付けば、我が子も生まれ3歳に・・・・・始めたばかりの事業の心配も多くふと思い出したのが、父の如く色々と相談にのって頂いていた恩師井上一利先生のことを思い出す。「よしもう一度頑張ろう、何か見付かるものが必ず有る!!」の決意で、3歳の息子を連れ、先生の元へ・・・・・・・・・・・「先生、親子で共々お願いします。」先生は快く「よし!!頑張りなさい。」・・・・・・・・だが10年のリスクは大きかった、元に戻す為の稽古の辛さ、でも「子供は親の背を見て育つ」との例えが怖く唯ひたすら稽古、ある時「心のゆとりを得た自分」と「心身共有難い程の成長した息子」にふと気付く、これは傲慢か親馬鹿か?いや違う、確かに違う、「礼に始まり、礼に終わる」空手道誠心が、大人同様4歳の息子にも体で体得しているのだ。『師尊錬武修省徹心』・・・師を尊び武を錬り省み修め徹する心を・・・・・・・・・・・。
第17回徹心会空手道大会
息子が4歳の折、型の部で最年少優勝、諸先生方に褒められた記憶が懐かしい。
津山市より新見市に引っ越ししてより週1回片道80kmの稽古に頑張って通っていた小学6年生の頃の息子。井上一利先生をお爺ちゃんの様に慕って「将来は先生の跡を継いで徹心館の館長に成るんだ」との言葉に「頑張ってくれよ」と微笑んで頭を撫でてもらった頃を懐かしく思い出される。
息子は糸東流初段。

親子揃って段位を頂いています。
久しぶりに撮って頂いた先生との2ショット、先生との写真は何時もえらく緊張してしまう。これは私にとって父親と同じ存在であり繕徳先生も兄の様に思う存在です。
糸東流五段 錬士の稱号
徹心会本部指導員
陰で私達親子を母の如く支えて下さっている先生夫人、度重なる
ご好意に何時も胸詰まる思いで感謝に堪えない。「有難う御座います。」